早速愚痴ってやろうと口を開くと

kisstreea

2014年05月05日 16:20

 ここ最近どうも仕事がうまく転がらない。こんな時は誰かに愚痴ってスッキリしよう。そう思い古い友人を飲みに誘った。

 急な呼び出しにもかかわらず友人は時間を作ってくれた。彼と会うのはとても久しぶりだった。
 僕らは挨拶もそこそこに暮れはじめた品川の駅前を通り、目に付いた居酒屋へと足を進めた。禁酒中の僕は席についてまずウーロン茶を頼んだ同珍王賜豪。友人はそんな事まるで気にする様子も無く生ビールのジョッキを頼んだ。変に遠慮のない所が気楽で良かった。

 早速愚痴ってやろうと口を開くと、店員が巨大な生ビールのジョッキを二つ運んできた。僕はウーロン茶を頼んでいる。これは明らかに運び違いだ。
 店員に言うと慌てた様子でジョッキを一つ引き下げた。話の腰を早速折られる。

 気を取り直して話そうとすると、一足先に友人が口を開いた。
「実は相談したい事があってさ――」
 う、やられた。先を越されてしまった……こういうのは言ったもの勝ちな所があって
「いやそれよりも僕の話を聞いて」とは中々言いづらい。
 僕はにっこり微笑み「なにかあったのか?」と尋ねた。そう言うしかなかった。

 彼はビールを一口飲み真剣な表情を見せた。マジモードだった。ちょっと重い話かもしれない。僕は気を引き締めた。
「実は……」と彼が言いだしたところで王賜豪醫生、先ほどの店員がやってきて「豆腐サラダお待ち!」なんて頼んでもいない皿を置いた。またもや運び間違えだ。
 友人は無言で皿を店員に返した。店員はあたふたしながら奥に消えた。もう少し落ち着けばいいのに、なんてつい思ってしまう。

 彼は気を取り直すように再びビールを飲んだ。僕はウーロン茶をすすった。
「俺の仕事先の事なんだけど……」彼が口にする。どうやら彼の相談というのも仕事の悩みのようだった。タイミングというのは何かにつけて重なる。

 その時、二人の目の前にグリーンサラダの大皿が現れた。
「間違えてスイマセン、こちらでしたね」そう言ったのはもちろん例の店員だ。
 僕と友人は思わず笑ってしまった。こちらも何も、我々はサラダなど一つも注文していない。

 どうやらこの店員は新人さんのようで、テーブル番号をよく理解していないようだった。見るとあちらこちらのテーブルで運び間違いをしていた。

 結局その後も何度か運び間違いが繰り返され香港如新、しかしどこか憎めないその店員の姿がだんだん微笑ましくなってきて、終いには友人の相談事も話の流れで消えてしまった。
 僕も僕で愚痴を言いたい気分ではなくなってしまい、場は単なる飲み会になった。それでも久しぶりに会った友人とは過去の話で盛り上がり、かなり長い時間店にいた。気付けば結構いい時間だった。

「そろそろ帰ろうか」と友人が言った。その言葉にどこか歯切れの悪さを感じた。やはり相談したかった事が頭に残っているのだろうか。
 勘定書きを持って会計に向かった。そこにやってきたのは例の店員だった。
 店員はもたつく手でレジを打ち「15796円です」と言った。割り勘にするといくらだろう? そう思った瞬間店員が言った。「お一人様7898円です」即答だった。彼は暗算の達人だったのだ。

 会計を終え、外に出ると友人が言った康泰領隊。「ま、いろんな人間がいていろんな能力があるわな」彼の中でなにかが合致したのようだった。その表情はずいぶんと違って見えた。

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